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明日 大学の入学式

いろんな人に助けられてここにいるなって思う。

 

将来の夢って変わるもんやけど、小さい頃からずっと 凄くやりたい!っていう仕事がなくて。

看護師になりたい パン屋になりたい ケーキ屋さんになりたい 中学の頃は国際公務員になりたいって めちゃくちゃ夢変わったんやけど、〇〇の仕事は朝が早くて〜とか、給料が〜、能力が高くないと〜、勉強沢山しないと〜、お金がないと〜、って沢山しょうもない理由つけて 諦めてきたんだよね 諦めてきたって言ったら語弊があるかな。 なんか こう、 え〜じゃあこの仕事目指すのやーめよ!って感じ?別段将来について真剣に考えてた訳やないし、本当 適当に生きてたんだと思う。あの頃の歳なら当たり前かもしれないけど。

 

唯一 国際公務員は結構やりたくて どんな仕事かとか どんな資格がいるかとか調べたけど 本当にやりたいのか分からなくなったんだよなあ

 

で、高校の時 友達に心理学を生かした仕事やってみたいんだよねって話された時、あれ?そんな仕事あるの?私も興味あるかもって思って それで調べ始めたのがキッカケ。

 

元々 結構性格というか育ちに難ありで 小さい頃から人と違う環境で育ったことはなんとなく理解してたから (今思うとめちゃくちゃマセたクソガキだなって感じやけど) カウンセリング室とかめっちゃ通ってたし 人と接するのは好きだし 向いてるんじゃないか?と。

 

友達関係とか 色々ある時期に 例に漏れず私も色々あって 勉強も好きじゃなかったし 読書は好きだけど 数学が本当に嫌いで。

高校受験のために通った塾も 雰囲気が合わず 自分も意固地な所があったから 家庭の事情を理解してくれる人っておらんやったし ほんまにきつかったなあ

でもそんな塾で 勉強 特に数学の楽しさを教えてもらった

高校は祖母が行って欲しいっていう高校に行った

本当は吹奏楽がしたくて マーチングもある強豪校に行きたかったんやけど 丁度祖母が倒れて入院して 親も自営業始めて それどころじゃなかったし ワガママ言えない雰囲気だったから

まあ結果的に良かったのかも 家からめちゃくちゃ近いし 何よりワンランク下の学校やったから 勉強が苦じゃなくて 勉強の楽しさを知れたし。

 

やっぱりそこでも 人間関係で色々あった。

自営業の手伝いで吹奏楽はやれなかったし ほんま最悪 早く東京帰りたいって思った 東京帰れば全てが変わるんやって思うことで 自分を励ましてた

でも自営業手伝いでも沢山の経験をした

いろんな人と会って話して笑って サービス業っていうものを 烏滸がましいけど掴めた気がした 5年続けた甲斐は本当にあった。

 

高校三年 受験 結局失敗

いろんな人を見返したくて 国立大で学費が安いこととネームバリューに縛られて 今思うと本当に無理な大学を志望校にしてたんやな

志望校変更は逃げか?いつも考えてた この大学を諦めることは逃げなのか? でも実際 その大学に入学するための努力をしたとは到底言えないから逃げなんだと思う 本当にいつでも努力を怠ってた 浪人になってからもそう。

 

心の中でバカにしてた 底辺の私立大

でもここに 私のやりたい学問が二つも揃ってる 行くしかないだろと。

親を説得して 本当にこの大学でやりたいことがあるだから学費は高いけど お願いしますって 頼んで 許してもらえて 運良く推薦で受かった 元々面接とか得意な方やし 高校では成績めっちゃ良かったからだと思う

まだ迷いはある 正直言って、まだここで良かったか分からないし 一年の浪人っていう負い目はある

でもいつもそうだったなって。よく分からなくて 不安で泣きそうなくらいきつい思いして それでもその時その時で下した判断で良かったって思ってるって

 

過去は変えられないし いろんな判断をしたあの時あの頃に戻ることはできないから これで良かったって思わなくちゃいけないっていうことなのかもしれない。 でも、あの時っていういくつもの瞬間にもし戻れたとしても 今の私を作ったいろんな経験を考えたら 全部の判断正しかったと思いたい。

経験もお金じゃ買えない 本当に心から 今の私で良かったって思う。

やばい泣きそう。笑

 

嫌悪してた浪人になって本当にきつかった 災害にも遭ったし ほんま このまま死んでいいっていつも思ってた 今も死にたい気持ちは変わらないけど 衝動的にフラっと 住んでる家の手すりを離して飛び降りちゃうまでは このまま生きてみてもいいかもしれない

 

悩みは尽きないけど 今はその気持ちを大事に 明日からの久々学生生活を謳歌したい

 

支えてくれた皆 私の人生にはいらないモブやと思ってた人たちも ありがとう いらなくないで。皆私の人生や ありがとう